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神戸地方裁判所姫路支部 平成11年(モ)109号 決定 2000年5月15日

債権者

相生市土地開発公社(X)

右代表者理事

宮崎國生

右債権者訴訟代理人弁護士

川村亨三

債務者

岩崎照(Y1)

万徳末廣(Y2)

右債務者ら訴訟代理人弁護士

竹嶋健治

吉田竜一

前田正次郎

平田元秀

主文

一  債権者、債務者間の神戸地方裁判所姫路支部平成一一年(ヨ)第三六号仮処分申立事件について、同裁判所が平成一一年三月二四日にした仮処分決定を認可する。

二  訴訟費用は債務者らの負担とする。

事実及び理由

五 当裁判所の判断

1  争点1(妨害排除請求権の成否)について

(一)  元来公有水面を支配し管理する権能は国に属し、国はこの権能に基づき特定の者に埋立の免許を与える。そして、公有水面の埋立をなす者は、埋立の免許により一定の公有水面の埋立を排他的に行って土地を造成すべき権利を付与され、その権利に基づき、自己の負担において埋立を行い、工事の竣工の認可を受けることにより、原則として認可の日に当然に埋立地の所有権を取得することとされている。このように埋立権者の権能が、国の公有水面管理権に根拠を有すること、埋立免許を受けた者は、その工事竣工後は埋立地の所有権を取得すること、埋立対象水域に工事の阻害となる工作物、船舶等が存する場合、これを排除しなければ工事を進められないことからすると、公有水面理立免許を付与された者は、公有水面埋立権に基づいて、埋立工事の着手、続行を妨害する者の排除を求めることができると解するべきである。

公有水面法の法文に即してこれをみるに、同法は、特別の利害関係を有する者(五条。以下、同法五条に列挙された者を総称して「特別利害関係人」といい、これらの者の有する利益を「特別の利害関係」という。)が埋立予定水域に存在する場合には、利害関係の調整が済むまでは埋立免許を付与せず(四条)、補償などが終わるまでは埋立工事の着工を許さない(八条)こととして、特別利害関係人を保護しているところ、同法八条の反対解釈として、埋立予定水域に何らかの利益を有する者がいたとしても、その者が同法五条の特別利害関係人に当たらない場合には、埋立権者は、補償などの措置を講ずることなく埋立工事に着工してよいと解するのが相当である。すなわち、公有水面埋立法は、埋立予定水域に対して有する利益の程度が同法五条に列挙する特別の利害関係に当たらない者を排除して埋立工事を続行する権能を埋立権者に付与しているといってよい。

債務者らが本件埋立水域に本件船舶を継続的に係留して、これを占有していることは当事者間に争いがないから、債権者は、債務者らに対し、公有水面埋立権に基づく妨害排除請求として、本件船舶の撤去を求めることができる。

(二)  ところで、債務者らは、埋立免許が水面の公用を廃止するものではないことを根拠に、船舶を係留して埋立予定水域(本件埋立水域)を占有していても埋立権者の埋立を妨害したとはいえない旨主張する。埋立免許が付与されたからとて直ちに公用が廃されるものではないとしても、右は埋立を妨害しない限りでの自由使用が許され、当該水域を通航したり遊泳したりすることは、ただちに埋立権を侵害するものということはできないことを意味するにすぎない。債務者らが本件埋立水域に船舶を継続的に係留して、これを占有していることは、それ自体、埋立工事の着手、続行を困難ならしめる事態であることは明らかであるから、債務者らの右主張は採用できない。

(三)  債務者らは、公有水面埋立法が施行水域内の工作物を知事の権限において除却しうるのであるから、埋立免許を受けた者が民事保全法に基づいて仮処分を求めることはできないという。しかし、埋立権に基づく妨害排除請求と右除却命令は、その権限の行使主体、要件が異なるものであり、公有水面法が民事保全法による請求を排除して知事の除却命令を優先すべきものと定めているものとは解し難いから、本件仮処分申請について、被保全権利が存しないということはできない。

(四)  よって、債権者は、債務者らに対し、公有水面埋立権に基づく妨害排除請求として、本件船舶の撤去を求めることができると判断する。

2  争点2(使用権原)について

(一)  前示のとおり、行政庁によって埋立免許が既に付与されているとしても、補償などの措置を講ずることが必要な特別利害関係人が埋立予定水域に存続していることが判明した場合には、その者との関係では補償などの所定の措置が済むまでは埋立工事の続行自体が許されないと解すべきであるから、埋立予定水域を占有している者が、公有水面埋立法五条に列挙された特別の利害関係を有することが抗弁になると解される。

しかし、債務者らの主張する「慣習に基づく公共用物使用権」なるものは、仮に、その存在が認められるとしても、それが同法五条各号に列挙された特別の利害関係のいずれにも該当しないことは、同条各号の文言に照らして明らかである。

(二)  もっとも、債務者らの主張するとおり、本件埋立水域の埋立がなされることによって債務者らの被る不利益が、単に一般的に当然に受忍すべきものとされる限度を超え、債務者らに特別の犠牲を課したものとみることができる場合には、憲法二九条三項の趣旨に照らし、さらに特別利害関係人(公有水面埋立法五条)に対し損失補償を義務づけた同法六条との均衡からいって、債務者らの現実に被る損失について補償をなすことが必要であり、補償をなすまでは同人らを排除して埋立工事をなすことは許されないと解する余地がある。

しかし、本件において、債務者らの被る不利益を右の「特別の犠牲」とみることはできない。すなわち、公有水面の埋立により水面の自由使用が制限されることは、公共の福祉のためにする一般的な制限であり、それが既存の財産権の本質的内容を侵害するような強度の制限を課すものでない限り、原則として何人もこれを受忍すべきものである。そして、本件において、債務者らが主張する「係留権」なるものは、行政庁との関係で港湾使用の許可を得ているわけでも、行政庁に対してその対価を払っているわけでもないこと(争いない)にかんがみれば、公有水面が一般人の自由使用に供されてきたことに伴う反射的利益にすぎないものというほかないから、公有水面の埋立に伴う損失補償との関係では、これをもって直ちに補償の対象となる「財産権」(憲法二九条三項)と評価することはできない。なお、債務者らの主張する憲法三一条の適正手続きとの関係についても同断である。

この点について、債務者らは、公物に対する「特別使用権」は「特許」という行政処分によって成立するのが普通であるが、「特許」の形式によらず「慣習法上の権利」として成立することがあるとして、民間において売買の対象として取り引きされてきたことなどを根拠に、本件の「係留権」は右にいう「慣習法上の権利」に当たる旨主張する。しかし、慣習法上の公共物の使用権を安易に認めることは、国会で成立した法律によらずして、国民と国家の権利義務関係の形成せしめることになるから、その認定にあたっては慎重に判断されることを要する。債務者らは、その船舶係留のための水面使用(特別使用)が、「多年の慣習により、ある限られた範囲の人々の間に、特別な利益として成立し、かつ、その利用が長期間にわたって継続して、平穏かつ公然と行われ、一般に正当な使用として社会的に承認されるに至ったもの」に該当する旨主張する。

なるほど、債務者らの船舶係留の慣行が少なくとも二〇年以上に及ぶこと、被告らがこの間(本件埋立工事着工まで)、係留について異議を述べられたことがなかったことは、一件記録から窺われる。

しかしながら、

(1)  本来港湾は国の管理すべきものであって、債務者らの船舶係留は、一般の自由使用にとどまらないとしたら、もともとの国の管理権と抵触する違法な行為であること、

(2)  債務者らの所有船舶のようなプレジャーボートの係留は、その保有隻数の増加(海洋レクリエーション需要の増加)により近年社会問題化したものであって、それまでは、このような船舶自体が少なかったころは自由使用に任せておいてもさして支障は生じなかったこと、

(3)  近年放置船舶が社会問題としても取り上げられ、プレジャーボート等の管理の必要が認識されるにいたり、そのための条例を制定する自治体が相次いでいること(〔証拠略〕)等の事情からすると、相生港においても、プレジャーボートの係留が、正当なものとして社会的に承認されていたと評価することはできないというべきである。

(三)  以上のとおり、債務者ら主張の占有権原は認め難いというほかない。

3  争点3(保全の必要性)について

埋立免許については、工事の着工、竣工の期間制限が設けられており(公有水面埋立法一三条)、債務者らのプレジャーボートの排除なくしては工事が進められないことは、一件記録上明らかである。そうすると、その余の被告主張の各事情は、本件で保全の必要性を阻却するものとは認め難い。

4  以上によれば、債権者の仮処分申請を認容した原決定は相当であるからこれを認可することとし(なお、原決定の別紙物件目録中、「相生市二丁目四〇八九―八・四〇八九―二の土地」とあるのは、一件記録によれば、「相生市二丁目四〇八九―八・四〇九八―二の土地」の誤記と認める。)、主文のとおり決定する。

(裁判官 三木昌之)

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